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松岡修造ルールとは?? 

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松岡修造さん。
この人を知らない人は今や日本にはいないのではないでしょうか。

テニスのコメンテーターとしては引っ張りだこですし、
テレビの出演もかなり多いですよね。

タレントとしての松岡修造さんを皆さんご存知でしょうが、選手としての松岡選手は今の世代の方はあまりご存じじゃないかもと思い、
今回は松岡修造選手の有名なエピソードについて書きたいと思います。

まず、松岡修造選手の経歴や生い立ち、情報について
身長188㎝
体重85㎏
小学5年生でテニスをはじめ、翌年に全国大会優勝。
慶応高校に在籍していたが、テニスに専念したくてスパルタで有名な強豪高校に転校
高校でシングルダブルスチームの3つで全国大会優勝、三冠王
1995年ウィンブルドン選手権で日本人男子として62年振りのシングルスベスト8
オリンピックに3回連続で出場
兄は東宝東和社長、父は元東宝社長、祖父も元東宝社長、母は元宝塚劇員
日本テニス協会の理事

東宝東和の一族ですよ。
みなさんご存知ですか?

東宝っていえば、映画館に行けば必ずといってもいいほど見る会社です。
スクリーンに映っていますよね
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テニスの成績はほとんど把握していましたが、お恥ずかしい話これは私も知らなかったです。
超リッチ一族でした笑

母親も元宝塚劇員で美人さんです。
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まぁ、正直ここらへんは今日の本題ではないので、終わります。

題名に書いてある松岡修造ルールとはなんなのか書いていきたいと思います。

松岡修造ルールとは??

このルールがつくられるきっかけになったのは1995年の全米オープンです。
全米オープンの前の試合で肉離れを起こしていて試合の出場も危ぶまれていたのですが、本人の強い出場への意思のため、出場をほとんど無理やりしたのでしょう。

試合の途中から明らかに足が限界に近い動きをしていたのですが、第4セットの後半にサービスを打った後に全身痙攣を起こして倒れてしまいました。

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1995年当時は足の痙攣は怪我と認識されていなくて、3分間選手に認められているメディカルタイムが使えなかったんです。
地獄ですよね。笑
25秒ごとに相手にポイントをとられて、
二分間ポイントを再開させなかったために試合は松岡選手の棄権という形で幕が降ろされました。

この凄惨な姿が世界中に放送されて、松岡選手は世界のルールを変えました
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痙攣もメディカルタイムアウトに含まれるようになったのです。
これを通称マツオカシュウゾウルールと呼んでいました。

ただ、このマツオカシュウゾウルールを悪用して、戦略的にメディカルタイムアウトを取る選手が多く出てきたために
2010年を持ってものマツオカシュウゾウルールは廃止されました。

現在では、試合の中で二回、メディカルタイムアウトを使用できるルールに変わりました。

いかがでしたでしょうか。
テニスのルールを変えた松岡修造選手。
もちろんルールだけでなく、錦織選手が出てくるまで松岡修造選手を超える選手はでてきておらず、
一人で未開の地を切り開いた偉人の一人です。
なんでも最初にする人は偉いというか。すごく勇気のいることだったと思います。

今では

こんな感じのタレントの一面しか見られませんが、


日本人たった一人で世界で戦っていた時代もあります。笑

テレビで松岡修造さんをみたら、タレントとしてではなく、偉大なテニス選手としてみてみてはいかがでしょうか。

最後にここまで読んでくださってありがとうございます♪








フェデ太郎

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